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2240 ゼロ戦の型式40番台があったようなことが学研の歴史群像シリーズゼロ戦2に
出ていますが、この他の本にはこのような記述が見られません
この40番説の信憑性はいかがなもんでしょうか?
大山昇太

  1. http://www.warbirds.nu/truth/zeke.html
    をご覧下さい。
    地味な文書を丹念に調べ上げた成果だと思います。


  2. 確かにこれで判りました。
    どうもありがとうございました
    大山昇太

  3. そうだ。

    >この他の本にはこのような記述が見られません

    柴田武彦編著「ZERO 米軍がとらえた日本陸海軍機」(KKベストセラーズ)の70ページに載っております。



  4. 四一型については読まれた通りのことです。実際に計画があり、それを説明する文書が現存しており閲覧することもできます。今まで発表されなかったのはその文書がそこにあることに多くの人が気付かず、その意味を誰も考えなかっただけのことです。
    四一型については既に一年以上前から本サイト別館の「真実一路」で発表済ですが、ごく断片的にはほぼ同時に発表された「ZERO 米軍がとらえた日本陸海軍機」の中にも四一型の存在は示唆されています。その他にも外国の出版物の中にはピントは多少ズレてはいますが、四〇番台の型番の存在に触れたものが複数ありました。
    あの本には四一型の他、今までの推定図とは異なる十二試艦戦の図面など未発表の資料、論考が山盛りになっていますので、初心者向きとは言えませんが色々と長く楽しんで戴けると思います。
    BUN

  5. 便乗質問で済みません、

    スケビで取り上げておりました「五二」型試作機の前身としての「四二」型、この見解はこれで完全な正解なのでしょうか?

    また、

    集合排気管付「五二」型は別に謎の機体なのではなく、基本的にその全てが「五二」型極初期生産型(...と言うか名鈑が二二型のままなので先行量産型?)と言う捉え方で宜しいのでしょうか?

    宜しくお願いします。
    モーレツ@太郎

  6. 3525号機1機を取り上げて四二型と呼ぶのはあまり適当ではないと思っています。上の四一型の計画を記した文書には五二型の内容と発注先も記載されていますので、遅くとも「四二型」3525号機の完成直後の十八年四月には正規の計画型として五二型の呼称が定められているということになります。ですから四二型はゲンが悪いので改称されたのではなく、四一型の存在が絡むと推定できます。その後にも四二型の名は技術関係以外の場所で文書上に出てきますが、三二型の改造機として次期型式を呼ぼうとした時に四二型の型番は自然に出るものなのでしょう。また、零戦には栄を装備したA6M1や二一型の主翼のままの三二型など、色々なイレギュラーな機体があります。これら全てに型番を振ってゆく作業にはあまり意味がありません。
    そして3904号機以降が推力排気管を装備して生産されたかどうかを結論できる資料はまだ見つかっていません。私が以前謎の機体と申上げたのはそういった意味での素性の不確かさを表現しています。
    五二型初期の機体に推力排気管が間に合っていないのではないかと言う推測は既に十数年前から行われていますが、結論は出ていない上に図面にははっきりと3904号機から実施と記入されていますので、あの記事を仕上げる前に「五二型初期・・・」との記述を「図面と矛盾する事を書くならばその実証をすべきだ」との意見を戴き、あえて控えたという経緯もあります。
    実証できる事実と、まだ推測の領域から出ない仮説との違いがあることを御理解ください。
    BUN

  7. ご説明ありがとう御座いました。過去ログと掲載記事での表現の差異についてとてもよく解りました。真摯なご考察いつも興味深く拝読させて戴いております。
    モーレツ@太郎

  8. 四一型=A6M4と考えるのは早計でしょうか?
    PT

  9. >8 米軍が鹵獲した日本側文書中に「A6M4」のインタークーラーを云々するものがあるといわれており、だとするとM4は排気タービン搭載機を意味することになります。さらにこれ以外にも「別種の」M4の可能性を示唆する説が存在するようであり、現段階ではまだなんともいえません。


  10. ↑A6M4排気タービン搭載説は、本来の出所/ソースは知りませんが、かつて赤い背表紙が並んだ「第二次大戦ブックス」の「零戦」にも記載があったように記憶しています。著者はマーチン・ケイディン氏でしたね。←このかた、フィクションも書いたひとですが・・・(汗)。
    MB

  11. ↑あったあった(親父の買ったその本がてもとに)それによると
    「A6M4という名称は昭和十八年に横須賀第一海軍航空技術廠によって、試験的に栄発動機のターボ式過給機を装備した、二機の高高度用の零戦A7M2につけられたものであるということが判明した。しかし、この過給機は、必要な金属の開発がおくれたために完成せず、この型の製作も中止された。」
    ただしこの本(というよりこのシリーズ)私なんぞにも指摘できる箇所が幾らでもあります(笑)
    烈風天駆

  12. ↑そうした2次資料としての「書物」ではなく、空技廠の手による書類がサイパンで鹵獲されています。「零式二号艦戦の翼フラッター」「同・発動機冷却」「同・気化器導風筒」などと並んで「A6M4の中間冷却器」について触れられているようです。実物を目にしておりませんのでこれ以上はなんとも言えません。


  13. ↑その辺の1次資料が表に出て来て、我々にも紹介していただけるようになると嬉しいです。そのときは「零式艦上戦闘機3」で?(笑) その日を待ちます。

    あ、↑↑↑第二次大戦ブックスの件は単に、A6M4について、一般書にも結構以前に↑↑抜き出していただいたような記述があることはあった、と言う記憶だけのことで。はい。失礼をば。
    MB


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