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陸軍の戦闘機「飛燕」の2型改は後部が5式戦と同じような形になったんですが、あれはなぜああしたんでしょうか?それに、性能の低下、向上はあったんでしょうか?
Suー43
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- 後方視界の確保のためと思われますが
Alphabeta
- 細かい話ですが、水滴型キャノピーを付けているのは、
飛燕2型改の後期生産型と5式戦の後期生産型です。
一般に、ファストバックは速度を重視
(機体の断面変化が緩やかなため、
空気抵抗が小さいということだと思います。)、
水滴型キャノピーは視界重視(後ろがよく見える)
とか言われています。
これは、零戦と雷電の関係を考えればわかりやすいと思います。
ただ、ファストバックから水滴型キャノピーに変更したら、
性能が低下したという話をあまり聞きません。
もしかしたら、
「水滴型キャノピーがベストだが、造るのが大変」とかいう
生産性の問題が絡んでいたのかも知れません。
donnbe
- #758 でも考察していますが再記します。ファストバックから水滴型に変えると軽量化されそうな気がしますが飛燕については改造前後の詳細なデータがありません。そこで P-51C(ファストバック) と P-51D(水滴型) の重量から装備変更分(P-51D は機銃が二挺多い)を差し引いたところ、D 型のほうが約 5Kg 重いという結果が出ました。少なくとも重量に関しては大差なかったようです。
ささき
- 風防後部の形状変更についてはよくわからないんですが、19年末頃の五式戦の風洞実験はファストバック型で行われた様子であること。更に陸軍航空本部の「19年11月以降における航空兵器其の他の審査要領」の近距離戦闘機の項目(ホ)に「キー六十一(ろくじゅういち)ll型は特に信頼性の向上を期するものとし 別に20年2月整備移行を目途にキー一〇〇を審査す」とあるように、百機のみ生産で使用地を国内に限られた限定採用の三式戦二型の為ではなく、五式戦に導入された改善策として水滴風防化が導入されたと考えるべきではないでしょうか。写真に残る56戦隊の二型はその中で製造された実験機ではないかと思います。
理由については、まったく確証はありませんが空冷化で空力的洗練にあまり気を使わなくなったのか、「新型機」五式戦に至って、今まで指摘されていた戦訓改修を実施したかのどちらかだと想像しています。
余計なことですが、三式戦二型改という機は存在しません。上記引用文中にもある通り、仮称としてキー61ll改と呼ばれるべき二型の改良後の試作機でさえ「キー六十一 ll型と呼ばれています。また陸軍航空本部作成と言われる性能諸元表にも二型改という呼称は出てきません。
BUN
- 渡辺洋二氏の「液冷戦闘機 飛燕」によれば水滴型風防が取り入れられたのは航空本部からの要請で、当初から5式戦として生産された機体から取り入れられたという記述があるので、ファストバックの5式戦は元々3式戦として製造されながらも首なしとなっていた機体になると思います。生産の主体は5式戦となっても、限定生産が続けられていた3式戦もそれに伴って自動的に水滴型に移行したと思われます。名称ですが、私は昔から「キ61II改 後期型」という呼び方をしています。これに対応する「3式戦2型〜」という形式名があったのかはわかりません。5式戦の場合はファストバック型が1型甲、水滴型が2型乙と呼ばれていたようですが。
舞弥
- 「水滴型は1型乙」でした。
最後までこの調子だったなあ。
舞弥
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