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なぜ川崎は空冷エンジンを製造しなかったのでしょうか?
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- たぶん、陸軍の「指導」が有ったのでしょう/SUDO
- SUDOさんのおっしゃる通り、「空冷は中島、三菱。液冷は川崎」という明確な指示が陸軍から出されていました。(んぢゃ日立は?(笑))(胃袋3分の1)
- 関連質問ですが川崎は液冷用の工作機械とかドイツから輸入したのでしょうか?
- 液冷用の工作機械、というものは無かったでしょうが、工作の難しいカム・ミラー等は購入していたのではないかと思います。余談ですが首無し飛燕の発生原因については工作機械もさることながら切削工具の刃先の在庫(良質の超硬合金)が19年初夏に尽きてしまったのではないかと想像しております。18年中の生産は、まあ順調だった訳ですから。BUN
- あれはエンジン工場が爆撃で破壊されてしまったからじゃなかったでしたっけ?
- 空襲による被爆は20年に入ってからです。首無し機の発生は19年半ばから、一型、二型共に増大しています。また愛知での熱田の生産は順調で何に使うのかと思うほどに生産実績が上がっていますから工作技術上の問題では無かったのではと推測する訳です。BUN
- 良質工具に欠かせないのがタングステンで、ドイツでは喉から手が出るほど欲しいタングステン徹甲弾をガマンして工具用を優先したそうです。日本でも状況は同じ(もっと悪かった?)かも知れませんね(ささき)
- 熱田がき61に使えなかった、、というのは補機とか燃料の質のもんだいかいな?
- 土井さんの回想記の中では「アツタへの換装も考えたが補機の関係で出来なかった」って書いてますね。
- 熱田が飛燕に使えなかった理由は今月ファインモールドから発売された1/72五式戦のキット附属の解説資料に、こんな場所ながら多分初めて考察されています。資料も読めてプラモも付いてくるお得な買い物をどうぞ。BUN
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