桃原飛行場

(上本部飛行場)

F4U > 上本部飛行場は米軍が1945年6月に作ったものです。すぐ使われなくなった様子で荒地になっています(2001/03/26(Mon) 11:24:23)

名 称
米軍:本部飛行場、上本部飛行場、上本部補助飛行場、桃原飛行場

歴 史
1945年6月、米軍が偵察機用として建設。
1947年ごろ、周辺地域を接収して飛行場の拡張整備を行ったが、機能的には弾薬集積所として使用され、海兵隊のヘリコプターや戦車の演習地としても使用された。
標高約40m、幅54m、長さ1680mの滑走路、270mのオーバーラン、誘導路、駐機場を持っていた。
1969年6月と71年6月の2回に分けて全面返還された。

現 況
放置

滑走路以外に当時の痕跡は見つけられませんでした。 滑走路への侵入は、特に禁止されている様では無かったのですが、路面は穴だらけですので、注意が必要です。 進入路は、滑走路を横切る道路が2本有り、車、二輪車共に走行可能です。
資料提供沖縄発 役に立たない写真集