Page 238 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼ビスマルクが沈まなかった場合の英国の対応について 高村 駿明 06/9/28(木) 14:49 ┣Re:ビスマルクが沈まなかった場合の英国の対応について 高村 駿明 06/9/28(木) 14:50 ┣Re:ビスマルクが沈まなかった場合の英国の対応について ど素人 06/9/28(木) 17:35 ┣空母は望めないなぁ 架空戦記ファン 06/9/28(木) 21:09 ┗1)も2)もありうる。でもビスマルクは 烈風天駆 06/9/28(木) 23:24 ┗Re:1)も2)もありうる。でもビスマルクは 高村 駿明 06/9/29(金) 9:39 ┗補注 烈風天駆 06/9/29(金) 22:40 ┗Re:補注 高村 駿明 06/9/30(土) 9:17 ┗Re:補注 まなかじ 06/9/30(土) 16:11 ┗Re:補注 高村 駿明 06/9/30(土) 20:18 ─────────────────────────────────────── ■題名 : ビスマルクが沈まなかった場合の英国の対応について ■名前 : 高村 駿明 <c.ajiro@tgweb.net> ■日付 : 06/9/28(木) 14:49 -------------------------------------------------------------------------
いつもお世話になっております。今回はシンプルなお題です。 「ビスマルクがフッド撃沈のあと、空母機の雷撃を受けず、軽微な損害でブレスト軍港に逃げ切れた場合、英国は極東にどのような兵力を派遣したか」というものです。 いわゆるチャンネルダッシュは1941年12月です。運がよければこの時点までビスマルクは健在だと思います。 ビスマルクがブレストに留まるなら空爆・監視は容易です。とはいえ、この時点で英国にはビスマルク+シャルンホルスト級2隻やイタリア戦艦を捕捉できる高速/巡洋戦艦が、KGV級2隻+レナウン級2隻しかない以上、高速戦艦の半数を極東に派遣するかは、微妙ではないかと考えました。その場合は、どのような対応を行うでしょうか。 1)史実通りの兵力を派遣 2)旧式戦艦中心の兵力を派遣 3)空母を史実より増やすなど、史実とは違う兵力を派遣 大体、以上のような内容が考えられると思います。 皆様のご意見をお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。 |
> いわゆるチャンネルダッシュは1941年12月です。運がよければこの時点までビスマルクは健在だと思います。 ごめんなさい。1942年2月でしたね。訂正します。 |
(2)に一票 高速戦艦撃滅と、日本軍からの植民地防衛となると、防衛任務より高速戦艦撃滅のほうが、より高速が必要となると思います。ただ旧式なので数は多くなると思いますが。 |
41年後半から日本が参戦した41年12月の英空母の状況は最悪です。 極東に派遣予定だったインドミタブルは11月に座礁して修理中、 イラストリアス、フォーミダブルは地中海で独空軍に大破させられて修理中、 イーグルも9月の事故で修理中、アークロイヤルは11月に沈没。 地中海戦線にあっぷあっぷでとても極東にまわす余裕はないと思います。 |
ビスマルクが撃沈された直後の1941年夏、英海軍は従来の方針を転換し、極東方面での戦争も想定した新たな主力艦配備計画を構想します。下記はパウンド軍令部長が1941年8月に示した企画最終案で、これに対しチャーチルが新型戦艦の派遣を要望する議論の端緒となったものです。 (早川書房刊の『スラバヤ沖海戦』p.65より引用。なお、前記の議論については同社刊『戦艦』p.50-63を参考にされるとよい) カッコ内は到着日時。*印は8月時点で修理中を示す。 ◇本国艦隊 ・戦艦 KGV級2隻(41/09/03) マレーヤ(41/09/21) ・空母 ヴィクトリアス(現在) フューリアス(42/02) ◇H部隊 ・戦艦 KGV級1隻(41/12/上旬?) ・空母 インドミタブル(41/11) ◇地中海艦隊 ・戦艦 クイーン・エリザベス(現在) ヴァリアント(現在) バーラム(現在) ウォースパイト(42/01/上旬)* ・空母 イラストリアス(42/01)* フォーミダブル(42/02)* ◇トリンコマリー(セイロン) ・戦艦 ネルソン(41/11/末)※ ロドネー(42/01/末)* ・巡戦 レナウン(42/01/中旬) ・空母 ハーミス(現在) アーク・ロイヤル(42/04) インドミタブル(緊急時) ◇インド洋軍隊輸送船団護衛 ・戦艦 リヴェンジ(41/09/中旬) ロイヤル・ソヴリン(41/11/中旬?) ラミリーズ(41/12/中旬) レゾリューション(42/01/上旬) ◇〔戦略〕予備 ・巡戦 レナウン →※現段階ではネルソンに*印を附していないが、西地中海で09/27被雷損傷。 全体を俯瞰すると、本国艦隊&H部隊を少数精鋭に抑え、地中海艦隊に大きく比重を掛けています。H部隊は新艦のDoY(だと思われる)とインドミダブルで頼りなく見えますが、本国艦隊〜H部隊間の兵力融通は容易ですので特に大きな問題ではありません。 また、この時点の新編東洋艦隊はネルソン級を主力とし、R級については積極的に艦隊を構成するものではないということが示されています。R級による船団護衛が大西洋からインド洋に転換されたことは、ビスマルク撃沈の影響が最も如実に反映されたものであると共に、日本海軍がドイツ海軍流の戦術を取ることを、当時の英海軍が真面目に想定していた表れでもあります。 お題について。 ビスマルクが残存した場合、本国艦隊に有力艦を拘置しようという思惑から、「2)旧式戦艦中心の兵力を派遣」という筋書きになることは十分有り得ます。 しかし、大西洋上での船団護衛の必要性がさらに求められるので、極東への派遣艦は数的に最小限かつ必要十分な戦力、つまり少数精鋭という論理で、「1)史実通りの兵力を派遣」の通りとなることもまた十分に考えうるのです。 仮に1)であれば、両艦を沈めた時点で日本海軍はインド洋を文字通り無敵の草刈場とすることができますが、当然英海軍もそんな事態は当然想起し得るわけであり、結果として起こるのはブレスト港内のビスマルクに対する事実以上の執拗かつ容赦仮借ない空爆ではないかなと思います。 |
皆様、ご返信ありがとうございます。返信が滞ることがないよう、努力します。 >ど素人さん 私も(2)ではないかと思っております。 その場合、マレー沖海戦は起こらない可能性があると考えて、このお題を出しました。いかに英国海軍でも、低速戦艦を敵中深く侵攻させるということは……やるかもしれませんがね。 >架空戦記ファンさん ビスマルクがブレストに残存したとして、それは1941年5月末から起こる状況だと思います。 英国で極東への艦隊派遣が検討されたのは、1941年になってからですが、決定したのは10月の時点とのことです。この時点で無傷の空母はインドミダブル、ヴィクトリアス、アークロイヤル、フューリアス、アーガス、ハーミズとありますから(低速・旧式空母を地中海に回し)、高速戦艦派遣ゼロの変わりに、高速正規空母2隻+ハーミズ派遣という選択肢も皆無ではないかな、と考えたわけです。 「派遣しようとしたら、座礁した」は「どの艦艇を派遣するか」とは別なので。 とはいえ、地中海戦線は極東の植民地より、この時点で重要性が上でしょうから、やらないかもしれませんね。一時的に空母をかき集めて、ブレスト空襲を行う可能性はあるかもしれませんが。タラント流に。 >烈風天駆さん 詳しい資料を頂き、ありがとうございます。トリンコマリーのレナウン級はレパルスでしょうか。 実際にマレー沖海戦後に、東洋艦隊にウォースパイト、レゾリューション、ロイヤル・サブリン、リヴェンジなどが派遣されているようですが、この計画がベースにあるようですね。 KGV級派遣ですが、デュークオブヨークが竣工する1941年11月まで待った上でなら(工事を急ぎそうですが)、行うかもしれませんね。その場合は派遣が1か月遅れるので派遣途上で対日開戦になりそうですが。 しかし、東洋方面に空母4、戦艦/巡戦計8隻配備ですか。かなり重要視していたのですね。 |
>トリンコマリーのレナウン級はレパルスでしょうか。 ごめんなさい。うっかりしてレナウンを二度書いてしまいました。 トリンコマリー(セイロン)配備がレナウン。戦略総予備がレパルスです。 東洋艦隊配備艦がレパルスに変わった理由として、早川書房刊『戦艦』p.51には「同艦〔レナウン〕よりもより任務に即応できやすい状態にあったレパルスを起用し」とあります。事実レナウンはH部隊旗艦としての酷使で整備の必要を生じ(41年9月よりH部隊旗艦を離れる)、一方のレパルスは開戦以来主に船団護衛に従事、艦の状態・練度共に高い状態のままケープにあったこが両艦交代の理由とされています。 > 実際にマレー沖海戦後に、東洋艦隊にウォースパイト、レゾリューション、ロイヤル・サブリン、リヴェンジなどが派遣されているようですが、この計画がベースにあるようですね。 9月到着と前項で挙げましたように、リヴェンジはG部隊回航の11月末時点で既にインド洋での船団護衛航を開始しています。当然このリヴェンジをG部隊に増強させる提案もなされていますが、これはフィリップス長官の部隊の高速性を優先したい意向により却下されています。 この言い分をどう思うかはさておき、「R級を艦隊構成要員として重視しない」という例の配備計画をパウンド軍令部長と共に考えたのが、当時軍令部次長のフィリップスなわけですから、G部隊にリヴェンジが合同しなかった理由はそこに遡るのが自然な解釈だと思われます。 |
>烈風天駆さま 質問にお答え頂き、ありがとうございます。 早川書房刊『スラバヤ沖海戦』『戦艦』は未読のため、助かります。 機会を見て読んでみますね。 > トリンコマリー(セイロン)配備がレナウン。戦略総予備がレパルスです。 本来なら、近代化改装が進んでいるレナウンを配置したかったのでしょうね。 > 9月到着と前項で挙げましたように、リヴェンジはG部隊回航の11月末時点で既にインド洋での船団護衛航を開始しています。当然このリヴェンジをG部隊に増強させる提案もなされていますが、これはフィリップス長官の部隊の高速性を優先したい意向により却下されています。 勉強不足で恥ずかしいのですが、調査仕切れなかったことなので、よろしければ質問させてください。ここで言うG部隊とはどういった部隊なのでしょうか。 在トインコマリーの東洋艦隊を指すのでしょうか。それとも、POW、インドミダブルを中心とする部隊に与えられる予定の名称なのでしょうか(マレー沖ではZ部隊でしたね)。 ところで、議題に関連する話で皆様にお伺いしたいのですが、ブレスト港に入ったビスマルクは、空襲での被害が少なければシャルンホルスト、グナイゼナウ、プリンツオイゲンらと共に、大西洋上での通商破壊戦に出撃したでしょうか? それとも、戦艦1隻加わったところで、成功は望めないと考え、チャンネルダッシュでの帰還作戦まで出撃しない状態だったでしょうか。 |
フォースGは回航中のフィリップス提督の部隊のことです。 これが、シンガポールからマレー沖海戦に出撃するにあたって、防諜上、名称秘匿のためフォースZと変えたわけで、つまりG部隊=Z部隊です。 > ところで、議題に関連する話で皆様にお伺いしたいのですが、ブレスト港に入ったビスマルクは、空襲での被害が少なければシャルンホルスト、グナイゼナウ、プリンツオイゲンらと共に、大西洋上での通商破壊戦に出撃したでしょうか? > それとも、戦艦1隻加わったところで、成功は望めないと考え、チャンネルダッシュでの帰還作戦まで出撃しない状態だったでしょうか。 ツェルベルス作戦前後のドイツ海軍の状況については早川書房刊『高速戦艦脱出せよ』が比較的手に入りやすいでしょう。 ブレストの防空態勢が整うのと、英空軍の空襲戦果との激しいせめぎ合いによって方針は右往左往しており、なんともはっきり言えるものでもないようです。 レーダー以下ドイツ海軍首脳部はブレストに艦隊を置きたがっており、対するヒトラーはノルウェーが気になって艦隊を後退させたがっているという葛藤があり、この時期にはベルリンで一進一退の攻防が繰り広げられている状況です。 |
まなかじさま、どうもありがとうございます。 G部隊の件、よくわかりました。 > ツェルベルス作戦前後のドイツ海軍の状況については早川書房刊『高速戦艦脱出せよ』が比較的手に入りやすいでしょう。 ご指南ありがとうございます。こちらについては以前、知人から借りて読んだことがあります。現在、手元にありませんので、図書館で借りて再読してみます。 > ブレストの防空態勢が整うのと、英空軍の空襲戦果との激しいせめぎ合いによって方針は右往左往しており、なんともはっきり言えるものでもないようです。 > レーダー以下ドイツ海軍首脳部はブレストに艦隊を置きたがっており、対するヒトラーはノルウェーが気になって艦隊を後退させたがっているという葛藤があり、この時期にはベルリンで一進一退の攻防が繰り広げられている状況です。 ヒトラーがビスマルクによるフッド撃沈を過大に評価するなら、史実よりは大西洋出撃を命じそうではあるかな、と。とはいえ、ヒトラーのノルウェー防衛への固執は霊感によるものとの説もあるくらいなので、何とも言えないようですね。 逡巡している内に、史実より執拗な英軍機の爆撃で行動不能、というのがありそうです。 大変勉強させて頂きました。これにて本スレッドを終了したいと思います。 判断材料となる情報をご教授いただき、皆様ありがとうございました。 それでは失礼致します。 |