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確かにじゃまさんのように太平洋戦争への「義憤」に駆られる気持ちはわからなくはありません。政府や軍の内実を知れば知るほど嫌いになりますので、「太平洋戦争は自衛のためだった。アジア解放の聖戦だ」なんて口が裂けても言えません。逆に日本軍嫌いですし(嫌いものほど叩くためによく調べてしまうのですが)、非難しようと思えば好き放題言えます。
ただ、研究するならばフェアな立場を取りたいのです。好き嫌いの視点から探せば、いくらでも自分に有利なものを見れるし、見たくないものは見なければいい。けれどもそれはフェアとは言えません。戦争で苦難を経験した人のことを思えば、戦争責任や戦争が間違いだったという話は彼らの仕事です。しかし、それ以外のことはまた別問題です。否定され、とっくの昔に死んだ国を動かしていた人々や歴史のダイナミズムに彼らはあまり目を向けません。無論、肯定する気もありませんが、その一方で何がどうしてそうなったのかを調べる必要はあると思います。膨大な資料の山々を「誤った戦争だった」の一言で無視するのは、過去への冒涜です。「誤った武田勝頼」、「誤った北条氏政」のようにミスを犯し、破滅を引き起こした歴史上の人々は無限にいます。「誤った」の一言で済ますのは簡単です。
では、勝利はどうなのか。日清戦争や日露戦争の勝利は勝ったから正しかったのか。それともあの勝利がさらに状況を悪化させたのか。勝利は正しかったが、勝利の後の対応に誤りがあったのかではないか。それとも勝利したことが誤りだったのか。では、負ければ良かったのか。負ければ誤りを正せたのか。敗北がさらなる誤りを招いた可能性もあった。
詰まる所、真珠湾を回避した「正しい」日本の姿も不明瞭です。戦争を回避し、生き残った「正しい大日本帝国」。しかし、中国問題や国民・軍部の不満、欧米敵視は未解決のままでしょう。中国大陸で流した血は太平洋で流されなかった血よりも重要になります。いずれまた似たような事態が生じる可能性もあります。そして、太平洋戦争を回避した不満からさらなる戦争へと続く可能性があります。そう言えば、欧米を敵視するが、禁輸されても戦わない国が幾つかありました。はたして、イランや北朝鮮は大日本帝国の生き残った姿なのか。それともスペインのようにいずれ民主化していたのか、中国やロシアのように独立した強権国家になったのか。見てみたいような見てみたくないような。
なんだか言葉遊びのようになってしまいましたが、歴史の「正しい」や「誤り」は簡単には断言できません。事実を積み上げたり、仮説を立てたりして実像を明らかにしていくものです。そこにあるのは善悪ではありません。
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